イタリア言の葉

2年半ぶりに再開しました。イタリア生活22年のフリー通訳・翻訳者が北東の町パドバより発信する「社会派」ブログ

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アレックスシュバーツァー、ドーピング記事訳

更新が途絶えてしまい、申し訳ありませんでした。この記事はロンドンオリンピック時のものですが、ドーピング違反でオリンピック出場資格を剥奪され、記者会見に臨んだ北京オリンピック50km競歩の金メダリスト、アレックス・シュバーツァーについて書かれた記事です。

ドーピングが非難されるべきなのはもちろんですが、泣きじゃくりながら記者会見に臨み、すべてが自分の非だと(そんなはずはないのに)一人で責任をかぶる姿は、悲痛で心を打たれました。

この件がニュースから消えて久しいですが、健全なはずのスポーツの裏面、人口30人足らずの田舎で育った素朴な好青年をドーピングに走らせた絶望が悲痛に感じられ、今一体どうしているのだろうかと、時々思いを馳せます。(つい最近、アレックスがインスブルック大学に入学したことを知りました。)

(記事訳) 

アレックス シュバーツァーは金メダルに値する 真のチャンピオンだけが、自らの過ちを受け止めるのだから。
  
さらし台に送るものは、何の価値も有さない。
  
  
アレックスは薬事違反をした、しかしチャンピオンであることに変わりはない。この真実を求める、長い、長すぎる競歩において、たぶんだれよりも偉大な。

北京オリンピックで勝ち取ったその首に下がる金メダルは、自殺者の首に下がる石のように重いのだ。アレックス・シュバーツァーに向かって容赦なく襲い掛かる批判が、投石殺の石のように重たい。 

ジャーナリストの一軍を前にした、彼の公開処刑は、個人の問題としてではなく、現代の悲劇のように感じられた。私たちは個人が過ちを犯すのは、時には責任の重さに押しつぶされるせいで、今容赦ない非難を浴びせる人々にも降りかかるかもしれないことを、理解することすらできなくなってしまったようだ。

カトリック国のわが国が、個人の尊重や人間的な寛容、過ちを犯した人への配慮をなくしてしまったのかもしれない。

アレックスは過ちを犯した、だがそれを認める強さを示したのだ。暴かれるまで待ったとしても、それは重要ではない。 たぶん彼が全てを終わりにしたかったというとき、それは大げさではなく、この件は幇助無しの自殺行為だったのかもしれない。


イタリア語をドイツ人のように話すアレックス、子供のように泣きじゃくりながら謝り許しを請う彼。

「これはぼくが一人で決定したこと。 僕だけのことで、誰にも迷惑をかけたくなかった。インターネットで情報を探した。 インターネット上では全てを知ることができると保証できる。 トルコへ出向いて薬屋でEpoを手に入れた。」


 たとえ多くは彼の言葉を信じないとしても、アレックスは全てを説明する。 話しては泣き、涙と中断の合間に、過酷なスポーツの世界を描写する。ド・クーベルタ(近代オリンピックの父)どころではない。 回りの期待、自分への期待、重圧は好青年を変えてしまうほど重い。

スポーツは健康的なのだろうか? アレックスの言葉とチャンピオンの受難を聞く限り、そうばかりではなさそうだ。

今現在、全力を尽くす人々は素質が無かったのだと、緊張に打ち勝つ肝が据わっていなかったのだというだろう。 そうかもしれない。しかし自分の息子たちに、わが国のスポーツ界に、望むのはこのことなのだろうか? 犠牲と苦難に打ち勝つスパルタクスを望んでいるのか?

あなた方はどうか知らないが、私はそうは思わない。

「もうこれ以上無理だった。 僕の夢は自分がやりがいを感じられる仕事をすること、家に帰って恋人に会うこと、一ヶ月に一回限りではなく。両親にも、年に二回だけではなく会えることだった。 僕がこの競技のためにどれほどの犠牲を費やしたか、想像もできないと思う。その上でもし上手く行かなければ、大ばか者になるのだから。

僕はもう、一度限りの結果で批判されるのはたくさんだと感じている。 勝ったときに賞賛されるのが、一度も好きではなかったように。 こればかりが現実ではないのだから。」


アレックスの告白は、感動的で私を納得させる。「これ以前に薬物を使用したことは一度もなく、これから何をするかを知りながら部屋に一人でいるのは、非常につらく、嫌な経験だった。それからいつものように、普通にトレーニングを行った。 7月13日のドーピング検査の後、Epoを注射し始めた。」


そしてまた 「これが僕の人生でいちばん困難な一週間だった。それは薬を使うと強力になるというけれど、精神的に僕にとってはとてもつらくて、毎日自分の恋人に嘘をつかなければならなかったからだ。 毎日朝の3時、4時に目覚め6時以降にドーピング検査が訪れる可能性があると思ったから、そして僕の恋人にドアを開けるなと言わないとならなかったから。でないと陽性となってしまう。

これは僕にとって非常に難しいことだった。 それに、僕は医者ではなかったので過ちを犯したらしい。 病気になってしまって、20匐ナ發砲篭餽腓悪くて出場できなかった。競技に出場できる状態ではなく、非常に具合が悪かった。 7月29日に最後の注射をして、実家に戻った。母の誕生日だったから。

7月30日の朝ドアベルがなって、ドーピング検査だと知っていたけれど、母にドアを開けるなという力が無かった。そうできたのに。そうする力が無くて、全てを終わりにしたくてたまらなかった。 陽性だと知っていた。

更にひどい一週間を過ごし、二日前にニュースが届いた。 今ひどくつらい思いをしているのは、トレーニングに費やした長い年月を無駄にしてしまったから、でも一方では全てが終わってホッとしているのは、たぶん普通の生活に戻れるだろうと思うから。」


アレックスはまわりの全員を救う、自分以外の全員を。

「この選択は自分ひとりでなした、誰にも迷惑をかけたくなかったから。 僕はもうこれ以上無理だった。コーチには申し訳なかったと思っている。コーチに咎が降りかからないようにと願っている。いつか分かってくれるように、なぜこんなことをしてしまったのか理解してくれるようにと。

いずれにしても、これが起きていなくともオリンピックには行っていなかったはずだ。」


恥 「僕は心底恥ずかしいと思っていて、まっさきに恋人に告げた ロンドンから電話がかかってきた時に。 それから両親と、僕のマネージャーと、gazzetta dello sport紙の同僚に、知ってもらいたいと思って電話をした。」


フェラッリ医師について。 「僕はだれもかばったりしていない。ただ普通の生活に戻りたいだけだ。 これが僕にとって重要なこと。償いをして、この重圧から開放されなくてはならない。今までとは違った生活を夢見ている、普通であることは僕にとって問題ではないから。」


カロリーナ: 「彼女は好きだからスケートをしていて、僕は強いから競技をしているけれど、つらい思いをすることが以前のように好きではなくなった。吐き気がすることするある。僕とカロリーナの違いはこの点だ。

冷蔵庫の薬はビタミンB12ではなくEpoだと告げるのは容易いことではなかった。心のそこから恥ずかしいと思う。 彼女を守らなければ」 

カロリーナは氷の上だけではなく、真実のチャンピオンのようだ。「僕の恋人はほんとうに素晴らしい人、ここ数日一分たりとも僕を一人にしなかった、そして、僕がかわいそうだと、こんな目にあういわれはないのだと言ってくれた。」


アレックスは皆に謝る。「皆に、時々は過ちを犯す、普通の人間としてみてもらいたい。皆には謝るけれど、近い将来、自分の普通の職業で、僕の真の人柄を知ってもらいたい。」

これらの言葉はチャンピオンの頭と心から吐き出されたものなのだ。

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この記事に対するコメント

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突然コメントをして申し訳ありません。
Richy | 2013/06/11 10:15 PM
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