イタリア言の葉

2年半ぶりに再開しました。イタリア生活22年のフリー通訳・翻訳者が北東の町パドバより発信する「社会派」ブログ

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命名の自由



イタリアに住んでそろそろ19年目を迎えますが、こんなこともあるのかと、久しぶりに唖然としたニュースが昨日流れました。

ジェノバに住む夫婦が自分の子供に「金曜日(Venerdi=ヴェネルディ)」という名をつけようとしたところ、「あまりにも変わった名前だ」として、窓口職員がこの名前を台帳に記帳することを拒否し、この子の誕生日の聖人からとって勝手に「Gregorio(グレゴリオ)」とつけたことが事の発端です。

サッカー選手のトッティ夫妻は長女に「Chanel(シャネル)」という名をつけ、Fiatオーナーファミリーのエルカン(Elkann)氏は長男に「Leone(レオーネ=ライオン)」次男に「Oceano(オチェアノ=大洋)」という名をつけています。

ならば何故「金曜日」という名が受け付けられないのか。我が子の命名においても、セレブと庶民の間で差がつくのはおかしい、と両親が訴訟を起こしました。

まず地裁が、そして最終的に破棄院(Cassazione=司法訴訟に関する最高裁)も、両親の訴えを退け、グレゴリオとつけた職員が正しいとしました。

「金曜日と言う名前は、アイロニーと風刺を感じさせ、真剣な選択と思えない類の名前。この名をつけられた子供に重大な害を与える恐れがある。」というのが判決理由です。

教会で洗礼を受けたとき、カトリック教会は「金曜日」という洗礼名に抵抗を示さなかったそうですが、この子は結局「グレゴリオ」という、両親が選択したわけではない名前をつけられてしまったわけです。

確かに私も、あまりにも風変わりな名前は、特に伝統的に名前のバリエーションが聖人の名に限られているイタリアでは、子供にかわいそうだと思います。

ただしこの選択を国家が個人に押し付けるとなると、話は別です。子供に害が及ぶかどうかは、当事者である両親と子供の選択ではないでしょうか。

この子の両親は「私たちにとってこの子の名は「金曜日」。「グレゴリオ」と呼ぶことは決してないでしょう。」とコメントしています。

久しぶりに、イタリアと言う国の摩訶不思議さを実感したニュースでした。

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